インタビュー / エッセイ

2010-04-19

九州大学における総合科目「女性学・男性学」のあゆみ



酒井 嘉子


 九州大学にも、男女共同参画推進室が誕生した。これに先駆けて「九州大学の男女共同参画を推進するための提言書」が出されており、提言の筆頭に「ジェンダー関連授業・教員の拡大」が挙げられている。アメリカでは1970年頃から女性学・ジェンダー学が登場し、短期間のうちに全米の大学に普及し、これらが女性教職員の増加、大学改革の推進、そして女性の社会進出へと多大な貢献をした。日本の大学では、アメリカに遅れること10年、1980年代に入ってようやく女性学・ジェンダー学の普及が始まった。国立婦人教育会館の調査によれば、1985年度では、国立大学のうち17大学で31講座が開講され合計2,089人が受講している。その後徐々に広がりを見せ、2001年度に国立大学協会が行った「男女共同参画実施状況調査」によれば、99国立大学中76大学で805講座が開講され合計45,000人が受講している。受講生の男女の割合はほぼ半々である。


 九州大学では1986年度から、当時の教養部の全学教育・総合科目として開設された。私は、全学生を対象にした教養科目として、ジェンダー関連授業を開設したいと切に願っていたが、九州大学には女性学・ジェンダー学を専門とする研究者は見当たらなかった。そこで、総合科目としてなんとか立ち上げたいと思い、西洋史がご専門の志垣嘉夫先生 (故人)に相談してみることにした。先生にはジェンダー関連授業の必要性をよく理解していただき、この指とまれで、志垣先生を含めて男性教員4人の協力を得ることが出来た。女性教員は限りなくゼロに近かったので、すぐには女性の協力者を発掘できなかった。当時、私は教養部物理学教室の助手だったので、志垣先生にコーディネーターをやっていただくことにして、科目名は「女性史講座」として出発した。学内の男性教員にはそれぞれ、法律、宗教学、フランス文学、西洋史の専門家としての立場からジェンダーの問題を論じていただいた。なお、非常勤講師枠を2名いただき、女性学の専門家、ジャーナリスト、弁護士など女性の講師を依頼して、専任教員でカバーしきれない部分を補強していただいた。私自身も自分の生き方を模索する中で、学生時代からジェンダー問題には関心があり「福岡女性学研究会」という会に所属して勉強していたので、講義の一部を担当することにした。各講師が2コマの担当なので、専門的に深く掘り下げることは出来ないが、様々な分野をジェンダーの視点から論ずるというユニークな講義となった。


 開設当初は、定員約300名の大講義室に溢れるほど受講希望者が押しかけて、聴講届は600~700も出され、300人に絞り込むのに苦労した。男女ほぼ同数(150人程度)にするため、男性には 3~4人に1人しか受講してもらえなかった。「女性史講座」の受講希望者が全学生の男女比を反映していたのも興味深い。男子学生も女子学生並の関心を持っているということである。開講数を増やして、希望者全員に受講してもらいたいと願ったが、総合科目はすべてが教員のボランティアで行われているため、年1回の開講がやっとのことであった。


 担当者の話し合いにより、講義を聞いてもらうことに重点をおき、試験はやらないが毎回レポートを提出してもらうことにした。最終回まで出席率は非常によく、多くの学生が大学規定のB5版レポート用紙に、ぎっしりと自分の意見を述べ、そこには若い学生たちの豊かな感受性がみなぎっていて、300枚のレポートを読むのが楽しみでもあった。また、これらの講義を通じて、新しい知識・観点が得られたこと、講義を聴かなければ気付くことができなかった大切なことに気付かされたこと、それらが今後の自らの生き方に影響を与えるであろう、というような感想も多く書かれており、担当者一同は、大学における「ジェンダー教育」の必要性を益々強く感じるようになった。1987年に、私が助教授に昇格し、晴れて講義担当の資格が得られたのをきっかけに、コーディネーターを志垣先生から受継いだ。私の定年退職を期に、現在は比較社会文化研究院の三隅一百先生がコーディネーターとして頑張っておられる。


 開講した1986年から早くも20年が過ぎた。この間、科目名も「女性史講座」から「女性学」を経て「女性学・男性学」へと変わった。初期に担当した学内教員も退職や転出で全員が交代し、新たな学内ボランティア教員と、多くの学外非常勤講師の方々が、今もこの講義を支え続けている。


 受講者数が現在では200人程度に減少している。この原因は2つあり、1つは、興味深い総合科目の開講数が大幅に増えたことである。総合科目は同一時間帯に開講されるために、学生は1科目しか受講できない。2つ目は、後期に開講している点にある。学生は前期に集中して総合科目を受講する傾向があり、前期開講の方が多くの受講生を集めることが期待できる。しかし、殆どの学内講義担当者は総合科目以外の全学教育を担当しており、前期が多忙なため、前期にボランティアの講義を担当するには、さらなるエネルギーを要する。


 九州大学の男女共同参画の推進に関する検討ワーキング・グループが行った調査によれば、2002年度に本学で全学教育として開講されたジェンダー関連科目は「女性学・男性学」と「ジェンダーと教育」の2科目であり、いずれも総合科目として後期に開講されている。なお、「ジェンダーと教育」は2002年度のみの開講であり、継続の予定は無いとのことである。上記2科目の受講者総数は250人であった。2001年度の国大協の調査結果、国立76大学で805講座が開講され合計45,000人が受講、という数字と比べると、九州大学の取組みはあまりにも遅れている。


 1999年6月に施行された「男女共同参画社会基本法」には、男女共同参画社会の実現こそが「21世紀のわが国社会を決定する最重要課題」であると位置づけている。九州大学は、他大学に遅れをとることなく、いや、むしろ他大学に先んじて、男女共同参画の視点を持った次世代を担う社会のリーダーたちを世に送り出す責務を負っているのではないだろうか。また、価値観が多様化する社会の中にあって、自分自身の生き方を考えるうえでも、男女を問わず、ジェンダー学のような授業との出会いは、学生にとって極めて重要である。


 以上みてきたように、九州大学の一般教育におけるジェンダー学関連授業は、1986年という他の大学に比べてかなり早い時期に始まったにもかかわらず、その後の進展がみられない。これまでのように教員有志によるボランティアに頼っている限り、これ以上の広がりは期待できないであろう。


 ジェンダー学関連授業の拡大充実を、大学の取組むべき最重要課題として位置づけ、その普及に責任を持って対処できるジェンダー学の専門教員を採用し、本格的な取組みを早急に開始されることを切に願っている。九州大学が“知と精神”のバランスのとれた発展を続けるためには、極めて重要なことだと思う。



酒井嘉子 九州大学名誉教授 総合理工学研究院2003年3月退職




酒井先生のご紹介


 エッセーの2回目に登場頂くのは、2003年に総合理工学研究院を定年退職された酒井嘉子先生です。酒井先生は現在六本松地区で開講されている総合科目「女性学・男性学」を1986年に創設されました。以来、1987年に助教授に就任され正式なオーガナイザーとなられ、2003年に退職されるまで16年間、この科目の授業はもとより、総責任者としてコーディネートに伴うさまざまな実務も担当されました。


 開設当時から現在までこの総合科目が九大で広く一般学生を対象として持続的に開講されてきた唯一のジェンダー関連科目である事実、また『九州大学における男女共同参画を推進するための提言書』の中に掲載されている一部の感想から垣間見ることができる受講生に与えた影響の大きさからもこの科目開設の意義は極めて大きかったと思います。


 創設当時ジェンダーを専門とする教員が九大に一人もいない中、物理学研究室の助手でいらした酒井先生が創設の必要を強く感じ、協力者を募って開設された事実に今更のごとく深い感銘をおぼえます。


 物理学の研究者であると同時に『家事・育児を分担する男たち』(※1)、『歴史をひらく愛と結婚』(※2)を分筆されていることからもわかるように、ジェンダーの問題にも造詣が深く、ご退職後も九州大学のジェンダー教育と研究の発展を願い見守って下さっています。


 酒井先生のひたむきな意思と静かでつよい情熱に心から感謝いたします。


男女共同参画推進室員 田中 陽子


※1 福岡・女性と職業研究会編、現代書館、1982年

※2 福岡女性学研究会編、ドメス出版、1991年