インタビュー / エッセイ

2010-04-19

女性研究者の相互支援パワー

 

 

澤田 美智子

 

 今から約2年半前、札幌の研究部門から茨城県つくばの評価部に異動になりました。高校受験を控えた息子一人と炊事用品、洋服など身の回りの品を持ってつくばで不便な生活を始めました。夜遅くまで働いているため、運転免許を持っていない私は、育ち盛りの子どものために十分な食料品を手に入れることができませんでした。空腹で寝付けない夜もありました。病気でもないのに中学生の息子の体重が減っていくのを見るのは親としてたいへんつらいことです。生きるために働いているのに、お金を稼いでも食べ物さえ満足に手に入れることができないなんて・・・。運転免許を持っていれば夜でも遠くまで買い出しに行くこともできますが、免許を取得する時間さえ確保できませんでした。これを契機として、私なりに研究環境の改善に取り組むことを決意しました。

 

  独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)は、常勤の研究職員2500名、事務職員700名を擁する研究組織です。ポスドク研究者は年間述べ600名、テクニカルスタッフ、学生、企業からの共同研究者等を含めると約1万人の研究所になります。今世紀初頭2001年1月に、旧通産省工業技術院傘下の15国立研究所と計量教習所が統合し、産総研が発足しました。同年4月に独立行政法人となり、2005年4月に非公務員組織となって、第2期中期計画を開始しました。

 

 第2期中期計画には、「非公務員型の独立行政法人としてのメリットを最大限に活かし、外国人や海外経験者も含め、産総研の経営戦略に沿った優秀かつ多様な人材の確保を図るため、研究環境の整備、任期付任用制度の見直し、独自の採用試験制度の導入など新たな採用制度を構築する。また、女性にも働きやすい環境を整備し、女性職員の採用に積極的に取り組む。特に研究系の全採用者に占める女性の比率を第1期中期目標期間末までに、第2期中期目標期間の実績から倍増することを目指す。」と記載されています。

 

 今から約2年半前の2005年4月、私の直属上司の評価部長は、採用担当理事でもありました。当然のことながら、上司の関心はどうやって女性研究者の採用を倍増するかでした。私の関心は産総研で採用を希望する女性研究者をどうやって増やすか(結果的に女性研究者の採用数が倍増すればよい)でした。

 

 職員採用制度に関わっていなかった私は現行の採用制度のままでも目標達成可能な方法を考えました。女性研究者を増やすためには、女性研究者(男性研究者も)が研究しやすい環境に変えていくこと、それを研究者自身が実感し、そのことを外部に発信して採用候補者に伝わること、そして、その活動を恒常的にするための部署を設置するしかない、と思いました。まずは、男女共同参画推進委員会をつくり、そのもとに2つのワーキンググループ (女性職員採用・キャリア育成促進WG、次世代育成のための環境整備WG) を配置し、アクションプランを策定しました。男女共同参画室という新部署に配属されたメンバーが速やかに具体的行動に移れるようにするためでした。 WGのメンバー以外にも多くの女性研究者(もちろん男性も)が調査等に参加しました。男女共同参画室の設置まで1年近く要しましたが、その間に所内の多くの方と意見を交換する機会を得たことは嬉しい誤算でした。

 

 男女共同参画室を作りたいと言ったとたん、 「女性の敵は女性でしょう?」と男性研究者から何度聞かれたことでしょう。 「世間一般ではどうか知らないけれど、少なくとも産総研(そして旧工業技術院時代の研究所でも)で、私は女性から元気をもらったことはあっても、女性に足を引っ張られたと思ったことは一度もありません。だって、周りの研究者は男性ばかりでしょう。だから、私の足を引っ張るのはいつも男性」 と、そのつど私は答えました。 事実、旧工業技術院時代、研究所唯一の女性研究者だった時もありました。そんな時、行政職の女性職員が応援してくれました。大学で助手をしていたときには想像できなかった個別支援に感激しました。また、「工技院女性研究者の会(現産総研女性研究者の会)」という会があり、研究所を超えて、情報交換ができました。 直接会ったことのない女性研究者たちからメールを通じて元気をもらったこともしばしばです。それは産総研になってからも続いています。

 

 出来立ての産総研男女共同参画室は、室員が最少人数のため弱小部署と所内で言われましたが、声をかければ(声をかけなくても)、協力してくれる人たちが多いため、多様なアイディアを活用できる強みをもっています。これまで放っておいて何を今更女性支援ですかと言いながらも、後に続く若手研究者のためにあちこちと交渉する女性研究者。忙しい子育ての合間に、子育て支援案をどんどん提案する女性研究者。研究の合間を縫って、出身大学で開催される産総研就職セミナーで後輩たちと話をする女性研究者、等々。そのボランティア精神には頭が下がります。

 

 昨年秋、筑波地区の大学・独法が集まったある会議の席で、ひとりの女性研究者と知り合いになりました。100人規模の独立行政法人の研究所に女性研究者がたった二人しかいないため、研究所内で女性を増やすという発想をしてもらえないとのこと。独立行政法人化前の自分を思い出しました。

 

 15研究所が統合する2年前の1999年、私は15研究所から各1−2名出された基本理念ワーキンググループメンバーのひとりとして、研究所統合と独立行法人化の作業にあたりました。18人中唯一の女性だったことで、男性からは、(私の所属していた研究所に)男はいないのか、ひとりだけ裸の付き合いができないね、などと言われながらも、産総研の組織設計の一部を担いました。その後、多数の人と多大な時間を費やして研究所は統合されました。そのなかで、異なった研究所を一緒にしたからこそ可能になったことがあるのです。研究所内一時預かり保育施設の設置もその一つです。

 

 他の独立行政法人研究所等も一緒になって考えたら、もっともっといろいろなことができるでしょう。そうです、これです! 組織を超えた研究所の連携こそが孤立しがちな女性研究者を確実に支援し、相互に高め合うのです。その考えのもとに、「女性研究者グローバルエンカレッジング」として、平成19年度の科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成」事業に提案して、採択されました。産総研内に事務局をおいてコンソーシアムオフィスを作り、会員となる研究機関と支援情報を共有し、女性研究者の意欲触発支援と実践支援の両方を試みる事業です。

 

 産総研の女性研究者比率は常勤職員で6.1%(ポスドク研究者を含めると7.3%)です。しかし、たった 6.1%でも我が国最大規模の研究独立行政法人としての産総研には、多様な研究分野の女性研究者が151人もいるのです。女性研究者ひとり一人がより輝くようになれば、組織全体が変わり、より活性化されます。他の研究機関の活動も、より活性化されて、イノベーションの創出につながるはずです。そして、産総研のローカルなエンカレッジングが「グローバルエンカレッジング」になる。こんな私の思い込みはしばらく続きそうです。

 

 独立行政法人 産業技術総合研究所 男女共同参画室長

Michiko TAKAGI SAWADA

(2007年9月3日)

 

 

 

澤田美智子さんのご紹介

 

 彼女と初めて学会で出会ったのは定例の学会ではなく、私の記憶が正しいなら筑波で「空飛ぶ研究室」という企画のシンポジウムに招かれた時に、たまたま横に座ったのがきっかけです。北海道の工業技術院(当時)でヒトデなど海洋生物の機能成分の研究をしている北大薬学部出身の彼女とは、普通なら重なる学会はありませんが、家庭の境遇も似ていることもあり、それ以来のおつきあいです。東京へ非常勤講師に出かけた時には「博多より近いから」と札幌から出向いて労ってくれました。今年の春は、九大も産総研も「女性研究者支援」の2年目のチャレンジでした。ヒアリングで頑張っていただいた上瀧先生も交えて羽田空港の小さなカフェで幸運を祈り、また先日は採択を祝い中洲で乾杯したところです。互いに子育てに追われていた15年前のあのシンポジウムで初めて出会った時には、彼女と「男女共同参画」のネットワークができることなど想像もできないことでした。                                  

農学研究院 井上眞理